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「水のなんでも小事典」(講談社ブルーバックス)を読んだ。この本は、タイトルが示す通り、水をテーマに水質、上下水道、治水、洪水の事例、そして近年のウォーターフロント開発にいたるまで幅広い話題について自分のような素人でも理解しやすいように身近な事象を用いて、大変分かりやすく専門的な事例について解説している点が特徴である。 その中でも、自分は、日本の水についての論述に大変興味を持った。というのは、この本によれば、水の違いが日本と西洋の料理に根本的な違いを生み出しているという。日本は軟水の地域が多く、諸外国は硬水の地域が多いということはよく言われているが、まさにその違いが料理にまで違いを生じさせているというのだ。 自分は、料理の違いは文化の違いからくるものと思い込んでいたためか、この論述には新鮮な驚きを受けた。具体的には、日本料理にカツオや昆布のダシを使い、醤油などであっさりと味付けした料理が多いのは、日本の水のおいしさがその根底には隠れており、つまりは、日本の水がそのまま料理に使える軟水だからであるということだが、一方で西洋料理は、野菜から出る水分を利用したり、ワインや牛乳、生クリームなどを加える料理が多く、それは、西洋の水はそのまま料理に使えない硬水だからだという。 よって同じ米を調理するにしても、片や水で炊いて「ご飯」として食べるのに対し、もう一方は油で炒めてスープストックを加えて煮て食べるという違いが生じているのだそうだ。また、フランスなどでワインが料理にたっぷり使われたりお茶代わりに飲まれるのも水の質が良くなく、水よりワインのほうが手に入りやすいからだという。 実際、ヨーロッパには、多数のミネラルウォーターのブランドがあり、その一部は日本でも売られているという事実は自分もいつも目の当たりにしている。「水を買うなんて!!」と思う日本人は、私を含めてもかなり多いと思うが、これは水のうまい日本の独特の考えであって、おいしい水には商品価値が付いてしまうほど水がおいしいとは言えない西洋ではおいしい水はとても貴重なものなのかという考えがふと頭の中に浮かんだ。 ところで、この本にいわせれば、ミネラルウォーターは清涼飲料として食品衛生法の製造基準に従って製造されており、加熱殺菌してあるために水の中の空気や炭酸ガスなどが抜けてしまっていて利点は塩素臭がないことだけであり、水道水の数千倍ものお金を払ってまで買って飲むことは水のうまい日本ではあまり意味のないことだということだ。 また、この本には現在の環境問題に警鐘を鳴らしている記述も多数存在する。その中には公害のおかげで「名水」が「迷水」となってしまったというなんとも皮肉な記述がある。昭和60年に環境庁は「身近な清澄な水であって、古くから地域住民の生活にとけ込み、住民自身の手によって保全活動がなされてきたものを再発見するとともに、これを広く国民に紹介することを目的として」日本の「名水100選」を発表した。 その中にはこの本を読むまで知らなかったのだが、仙台の広瀬川など都心部を流れる河川も選定されており、さらに、地下水や湧水など「おいしい水」として知られているものが数多く選定されている。いずれも、その地域住民に飲まれ、親しまれてきた水ばかりだ。 しかし、現在、その名水の一部である静岡県の「柿田川湧水群」、神奈川県の「秦野盆地湧水群」などの数カ所で発ガン性物質の塩素系有機溶剤が検出されたという。原因は、半導体工場からの排水だということだ。確かに半導体工場はきれいな空気、安い労働力を求めて山間部や農村部にも数多く立地している。しかし、皮肉なことにその結果「名水」の存在する地域と半導体工場が立地する場所が重なってしまったのだ。きれいな環境を求める半導体が仇となった結果である。これは何も「名水」に限ったことではない。現在地下水の汚染は全国的にも問題となっているのは自分でも知っている。しかし「いくら何でも名水まで....。」という気持ちが自分の中に浮かんだと同時に現在の環境問題について少し考えさせられた。 水は、生命の源であり、多数の恩恵を我々にもたらしてくれる存在であることは否定のしようがない。しかし、洪水などで害をもたらすのも事実だ。けれども洪水はただ大雨が降ったためという理由だけでなく、人間による乱開発が原因であることも少なくない。この本は自分に水と如何にして上手に付き合っていくかを知らしめる大きな指針となったと思う。 |