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2007年7月31日(火)
灼熱

今日も仕事。朝7時に出発して、今しがた、22時30分くらいに帰ってまいりました。いやはや、辛かったです。何が辛かったって、仕事の量もありますけれども、一番つらかったのは熱中症にやられたことでした。

今日の現場は夏は猛烈に暑いことで知られる福島市。僕が住んでいる郡山市よりも、50キロほど北にあるのにも関わらず、標高が200メートルほど低いので、大体郡山市と比べて2度くらいは暑いところです。実際、今日の郡山市の最高気温は26℃前後でしたが、福島市は28.5℃だったそうです。

その原因ですが、仕事中の「休憩」の取り方にありました。新築住宅のキッチン施工を父と二人でやっていたのですが、父が「しばらくはオレ一人で大丈夫だから、休憩してろ、寝不足なんだろ?」と優しい言葉をくれたのが発端でした。

僕はクルマに戻り、取りあえず運転席側の窓を開けて(パワーウインド故障のため、運転席の窓しか開かないのだよデミオ君・(泣)寝ておりました。ここ数日いや、数週間続いている睡眠不足のせいか、僕はコテンと寝てしまいました。

そんな中、窓を開けているとは言え、所詮は運転席側だけ、気温はぐんぐん上昇していきます。クルマの中が蒸し風呂状態になった時に、僕は暑さで目を覚ましました。福島市が最高気温に達していたこの時、デミオ号の車内温度は何度だったのでしょう?

その目覚めが最悪。立ちくらみ、めまい、頭痛、嘔気と、熱中症の症状が揃っていました。ああ、これは大変だ!やってしまった!ということで、水分補給だ!とアクエリアス1リットルパックを空け、クルマにクーラーをかけた状態でまたしばらく休んでいました。そしたら何とかまともに歩ける状態までは回復しましたがめまいばっかりは消えませんでした。

というわけで、鹿児島などでは猛暑日が続いているようですが、夏、屋外で活動する際には、是非適切な水分補給と暑熱環境の回避を心がけて下さいね。さて、今日で7月も終わりだ!来月も元気いっぱいお腹の贅肉もいっぱいで頑張りましょう(^_^)V

2007年7月30日(月)
圏外

体調は最悪でありましたが、何とか仕事に行ってきました。福島県は霊山町というところ。霊山と書いて「りょうぜん」と読みます。難読地名&ちょっと恐い感じ地名です。だって、霊が山にいるってことでしょう、このまんま解釈すれば(笑)。

その道中で、いかにも里山という雰囲気の所がありました。ある程度開けている集落のようで、小中学校までありました。そこでケータイに異変が!

結構開けている所なのにも関わらず、ソフトバンクは圏外!「まあ、ソフトバンクだから仕方ねぇべ」と思って、auのケータイを取り出してみたら、これまた圏外。嘘!だって、ここ、小中学校まであって、結構開けているんだよ?と思って、父にドコモのケータイを取り出してもらったら、これまた圏外!父のケータイはmovaですから、エリアの広さが自慢なはずですが…。

ケータイが利用できる場所を表わす目安としては、各携帯キャリア事業者が公開している「人口カバー率」というものがありますが、大手3社とも99パーセントを超えているようです。ということは99パーセントの人口がケータイの使えるエリアに住んでいるのか?と思ってしまい、今日の場所は貴重な1パーセントだったのか!と思うのですが、よくよく調べてみたらこの「人口カバー率」という数字にはカラクリがあるみたい。

今さら聞けないケータイの話(http://www.asahi.com/digital/column01/TKY200504200316.html)から抜粋させて頂くと、「実は、この人口カバー率は、計算方法にからくりがあるのです。人口カバー率を計算するときは、まず、営業区域内の各市町村役場で携帯電話を使い、接続でき れば、その市町村の人口をすべてカバーしたと判断しています。各都道府県の人口を母数として、接続できた市町村の人口を百分率で表わしたものが人口カバー率になるのです。」

ということらしいです。何だ。こんな数字、それじゃあ全く意味無いと同然じゃありませんか。果汁10パーセントのジュースが「果汁たっぷり」とか言った感じで表記しているのと同じような話ですね。ケータイが使えないエリアはまだまだいっぱいあるのが現実のようですね。

2007年7月29日(日)
暇人

今日は暇です。取りあえず27時間テレビを完走状態で見ています(笑)。昨晩は眠れませんでしたから、そのついでということで(^^ゞ午前4時くらいにやってたライブがとってもよかったような気がします。TRFなんかが出てきてとっても懐かしかったです。

まあ何を隠そう、とにもかくにも暇なので、暇つぶしと言うことでプラモデル作りに没頭しておりました。同じクルマ、マクラーレン メルセデス MP4/13がカーナンバーとステアリング辺りだけは違いますが、クルサード車とハッキネン車と、2台になりました(笑)。

そういえば、選挙にはバッチリと行ってきました。お昼前に行ったのですが、いつもより混んでいるような気がしました。明日の朝、どういう結果が出ているのか、ちょっと楽しみというか、興味がありますね。色々とゴタゴタが続きましたから、これを民意は一体どのように判断するのでしょう?

そういえば7月ももう終わりに差し掛かっているんですね。長い一ヶ月だったような短い一ヶ月だったような…色々な思いが交錯しますが、人生最悪の7月であったことは間違いありません。忘れようとしても絶対に忘れられない出来事が起きちゃったもん。

僕のココロの中を表すかのように、先程からは土砂降り状態です。大気の状態が不安定だと言われていましたが、ここまであからさまに土砂降りがやって来ると、ちょっと恐いです。バケツをひっくり返したような感じ…って言うのでしょうか、物凄い雨です。何もかも洗い流してしまえ!

2007年7月28日(土)
錆歯車

今日は午後から仕事に行ってきましたが、ここがちょっと問題のある家でありました。今年度の頭に引き渡しが済んだ既住の住宅なのですが、よっぽどの潔癖&神経質な家主なのでしょう。ちょっとでもトラブルがあると、メーカー経由でうちにメンテナンスを依頼してきます。

まあ、住宅に住んでみて、ドアの鍵が壊れているとかとんでもないほどのキズが床に付いているなんて言う時は、メンテナンス業者を呼ぶべきでしょうが、この家の場合は異常。ちょっと普通ではありません。とにもかくにも被害者意識旺盛でトラブルという概念自体を完璧に忘れてしまっているようです。

この家に行くのは引き渡しから僅か3ヶ月なのに関わらず、今日で5回目。今回は…ドアの開閉がちょっと重い気がするとのことでした。何だよ。それ。って感じです。まあ、以前はドアの開閉音がちょっとうるさいということで呼ばれて80キロの道のりを行ったら、別に何ともない、こんなのは許容範囲でしょう。なんて事がありました。

さて、いざこの家に着きました。この家は農機具店を営んでいて、僕は「錆歯車」と呼んでいます。農機具って歯車使っているものがあるでしょ?だから、うざったいと言うことでそれに憎しみの意味の錆がついて「錆歯車」なのです。

さて、問題のドアを見てみます。確かにちょっと重い気はしました。でも原因はすぐに分かりました。何か埃っぽい部屋だなぁと思っていたら果たして、ドアの蝶番に埃がたまっていて、それが詰まっているせいで開閉が重いというメカニズムでありました。

おい!これは「掃除不足」という単なるお前らの無精のカタマリじゃないか!と思いました。さすが「錆歯車」だけあります(笑)。これで蝶番にホントに錆が生えていたら大爆笑だったんだったんですけれどもねぇ(笑)。

しかし、ここのクソジジイはなかなかすんなりとは返してくれません。もう、何か疑心暗鬼状態のようで「ここはどうなんだ」「あそこはどうなんだ」と、色々な場所を見させられるハメになりましたが勿論異常なしです。まあ、とにもかくにもコンクリートとか金属で出来ている建物ならばまだしも、木造住宅で建具も木製の場合は、素材自体が天然のものですから、バッチリ100点満点というわけにはなかなかいきません。その辺り、分かって下され。しかしウザいなぁ「錆歯車」。

2007年7月27日(金)
病院

今日は通院してきました。僕の通院日は最近は1週間に1回のペースになっています。如何せん、状態が不安定なものですから…しかし、今日は空いていたなぁ。診察券を出して3分もしないうちに名前が呼ばれました。早い早い。

それでドクターと会話。「涙ももう枯れました」と言いました。ドクターはベテランなので、僕の表情などをささっと観察します。それで、睡眠が充分に取れていないこと、気分がうつろであること、そして疲れ気味であると言うことがバレてしまいました(笑)。ということで、おクスリチェンジ+増強。

睡眠前にはベゲタミンAとマイスリー10mg、サイレース2mgにとどめのレボトミン50mg!ついでにヒベルナ糖衣錠25mgも入りました。ベース薬はトリプタノールがトフラニールにチェンジになりました。トフラニールは意欲減退などに良く効くようですので…これで少しは高揚してくれぇ!って感じです。

しかしまあ、薬で誤魔化し誤魔化しとは言っていますが、薬がなかったら今頃どうなってたんだろうな?死んじゃってたかも知れない。おクスリありがとう。感謝しておりますです。何かちょっと弱気になっている自分が恐い今日この頃でありました。

2007年7月26日(木)
焼き肉も食えぬ。

今日も一日ダルダルの日でありました。とにもかくにも怠い。倦怠感。こんなはずじゃあ無かったのになぁとか思います。日記を書く気力さえ無し。

仕事にも行きましたが、殆ど上の空。でもちゃんとやるべきタスクはこなしてきたんだから、僕はエライ!って、自分で自分を褒めてやらないとやってられません。退去済みのマンションの床についてしまったキズを直してきたのですが、結構深くて難しいキズも、プラモデル作りなどで鍛えた器用さで完璧に分からないくらいに直し、親方である父にも褒められました。「お前、なかなかやるな」と。

これでちょっと元気が出ればよかったのですが、全然ダメです(・_・、)。午後はもうダルダルヘロヘロ状態で、ずっと寝ておりました。うーん。いつまでこんな調子なんだろう。

でも嬉しいこともありました。一連の出来事で僕以上に体調を崩してしまっていた友達とようやく連絡が着きました。連絡も取れない状態で、とても、非常に心配していたのですが、取りあえずは元気そうでだったので、一安心です。お互い、上手く誤魔化し誤魔化しやっていきましょうということで意見が一致致しました。そうだね。誤魔化し誤魔化しね。一生忘れることなんて出来ないもん。誤魔化すしかないね。。

しかしやっぱり体調不良。夕食は大好物の焼き肉でしたが、6切れくらいしか食えませんでした。食欲もない。でも体重ばかりは無惨にも増えていく…一体どうなってるのでしょう?普通、こういう時ってやつれるものじゃあないのか?それとも胃腸系がちゃんと活動してくれていないのでしょうか?うーん。困ったものです。

いずれにせよ、僕は暑い季節は苦手で、夏はしばしばぶっ倒れるので、早い段階で手を打たないとホントにぶっ倒れちゃいそうです(汗)。がんばれ自分!

2007年7月25日(水)
泥酔

昨日は午前中で上がらせてもらって、午後はずっと暇でした。暇というよりはこのところの暑さのせいでヘトヘトなので、カラダを休めるという意味では大事な時間でありました。なので、とにもかくにもリラックスして過ごすように努めました。

しかし、段々と暇を持て余すようになってきました。ということで、「趣味」である酒を飲むことに致しました。困った趣味です(笑)。ということで、近所のスーパーまでステップワゴン号を駆り、ビール500缶6本と豚のモツを買ってきました。

まずはモツ煮を作ることにしました。ずす流モツ煮はとにもかくにも煮込んで捨てるだけです(笑)。モツを水から煮込みます。グラグラと沸騰してきたらそのまま1時間くらいは煮込みます。その間はビールでも飲んで待っていましょう(笑)。

ビールが3本くらい開いたところで、そろそろモツ煮が食べたくなってきました。ということで、ここで何と煮込んできた水を捨てちゃいます。栄養もガンガンと流れていきます(苦)。そして新たに水を張って、適量の醤油を入れて、また30分くらい煮込めば出来上がりです。

最後の煮込みの時間中にビール-4本目が空きました。そしてようやくモツ煮が口に入りました。うーん。我ながら美味い(^_^)V モツ煮とビール、日本酒の相性というモノは最強クラスじゃないかと思っておりますがいかがでしょう?

後は記憶がありません(笑)。20時頃に帰ってきた母に起こされるまで。どうやらパソコンデスクに座った状態で酔いつぶれて寝てしまっていたようでした(笑)。もちろんそのままベッドに直行。朝まで爆睡したのでありました。

しかしまあ、久しぶりにまともな睡眠が取れた気がします。しかも、睡眠薬でやって来る眠りと酔いつぶれてやって来る眠りとでは、その「質」が違うような気がします。睡眠薬で眠るのはアタマの中のブレーカーを強制的に落として無理矢理寝るといった感じで、翌朝は「寝た」というよりはタイムスリップしたような感覚で、あんまり寝た気がしないんですね。

でも酔いつぶれて寝るというのは、まあ、酒という物質を介しているとは言え。何か、やって来る眠りが自然なような気が致します。今朝目覚めた時も「あ〜あ、よく寝た」と、思わず口に出してしまっていましたから(笑)。夢も見ました。悲しい夢でした。でも寝た気はしましたね。いい感じです(^_^)V 睡眠薬でも眠れない時にはアルコールをブレンドしようかいうとんでもないことを考えているワタクシでありましたとさ。

2007年7月24日(火)
利益

♪バイト魂 燃えてはじける メラメラパワー
今世紀最大絶対やってみたいまるもうけっっ

ハイ、曲名分かった方ガンガンとメール下さい。抽選で1名様にワタクシが抱え込んでいる不幸を全て差し上げますよ(笑)。

まあ、今日はこんな感じでまるもうけ致しました。まずは仕事。またまたキッチン施工。しかし、いざ行ってみたら部材が不足している!これでは施工は完結できませんというほど致命的な部材でありました。ということで、もう一回行くことになりました。ハコ一つ付けるだけのために。勿論、有償です。ハイ、まずはということでまるもうけ第1弾。

次、今日は体調が非常に悪かったので、午前中で早引けさせて頂くことに致しました。そしてその帰り道に寄った家電量販店での出来事。ケータイに使うmicroSDカード512MBが1枚1000円というプライスだったのです。

えっと、ここでは見本ということで品物をプリントしたボール紙が棚に陳列してあって、客はその一枚をレジカウンタに持っていって実物を受け取る…という寸法だったのですが、そのボール紙の一枚に\1000というプライスが付いているのがあったのよ(^_^)V 勿論僕はそれを持っていきました。そして、レジでリーダーに通せば2780円とか出たわけです。

ここで当然のように店長登場という事態になるくらいに揉めましたが、僕の言っていることが正論であると認められたのでせう。microSDカード512MBが1枚1000円で売られることになりました。店長は始末書モノか(笑)。とか思ったりして。多分、バイト君辺りが間違って\1000と付けちゃったんだと思います(笑)。ハイ、これでまるもうけ第2弾。

一日これだけまるもうけしてしまって大丈夫なのでせうか?激しく疑問と「この反動が後になって来ないだろうか感」に駆られております。んまあ、僕の場合は人生の通帳を見てみても、今のところ「不運」の方が貸越し状態ですので大丈夫かとは思うのですが(笑)。

ハイ、今日の一台。ロータス タイプ 102Bです。今や2度のワールドチャンピオンとして伝説の人となったミカ・ハッキネンが1991年にF1デビューを果たした一台。チームロータスは前年のM.ドネリーの大事故や成績不振などにより、メインスポンサーであった某タバコブランドを失います。そして、「同情するならカネをくれ」状態でデビューさせたのがこのマシン。エンジンは前年のランボルギーニからジャッドというハッキリ言って更にパワー不足のモノに代わります。

しかし、このクルマはハッキネンの天才的ドライビングと幸運に助けられ、開幕戦では奇跡の13番グリッドをゲット。そして第3戦サンマリGPでは上位陣のリタイアとトラブルという幸運もあって、2台揃っての入賞を果たしたのでした。エンジンパワーに絶対的なハンデを抱えての結果ですから、これは奇跡だと少年ずすの眼には映りました。

2007年7月23日(月)
長岡

今日も仕事です。フラフラ状態です。前までならばこんなことは無かったのに、最近は仕事中に「体力の限界」というものを感じ、まるで金縛り状態になったかのように、まったく動くことが出来なくなるといったことが増えています。明らかに疲れているようです。

しかし、疲れているのは自分だけではないと思います。今日で新潟県中越沖地震から丸々一週間ですが、この地震にあった方々の気苦労ももうたまったものではないでしょう。何よりも「究極の不可抗力」によって損害を被ってしまったわけですから、怒りやら嘆きのやり場が無いことは僕と一緒…いや、それ以上かも知れません。

そういえば最近ちょっと変わった兆候が見られるのです。それは…我が街をクルマで走っていると、ジモティーならば大体はあらかじめ残存する車線に移っておいて、減少ポイントで詰まらないようにする片側二車線のから一車線に車線が減少するような所で、詰まっているクルマやトラックが結構いて「この人はアウェイだな」と思うとそのクルマが大体、長岡ナンバーなのです。

我が街では新潟ナンバーは、新潟と直結する国道と高速があるせいもあってかそれなりに走っているのですが、長岡ナンバーはそんなに見かけません。何でかなあ、ここ数日増えたよな?と思ったのですがすぐに答えが分かりました。新潟県中越沖地震の被災地の多くが長岡ナンバーの地域なのです。だからこういった方々は、我が街にいる親類などのもとに避難してきているのでは?と思うのです。

そして長岡ナンバーのトラックはといえば、物資の積み込みなどのために来ているんじゃないのかなぁとか思うのです。だって、トラックのドライバーさんは運転と道路のプロだもん。地元の人ならばみんな知ってる変則交差点や車線変則区間などで、もたついたりはしないでしょう。

まあ、全て勝手な推測ですけれども、繰り返しになりますがこういった「不可抗力」で辛い目に遭って、それまでの暮らしなどを奪われてしまうということはとてもやりきれないものです。とにもかくにも地震で被害に遭ってうちの街に避難してきている方々がいらっしゃったら、慣れない環境で大変でしょうが何とかくじけずに頑張って下さいと声をかけたい次第です。僕も踏ん張ります!

2007年7月22日(日)
憤慨

せっかくの日曜日なのに仕事…。あーあ。ゴロゴロしていたかったのになぁとか思いましたが、仕事をしなくては食っていけません。なので、どうしても今日お願いしますと頼まれて、仕方なく引き受けたキッチン施工のお仕事でありました。

仕方なく7時半に出発致しました。早い早い。怠いぞ眠いぞ。そうして1時間後に現場に到着していざ中に入ってみると…キッチン部材が全くありませんでした。どういうことなのでしょう?だってどうしても今日お願いしますって頼み込んできたでしょ?

日曜日なので、担当の人間に電話をしても繋がりません。まあ大体は分かりました。発注ミスでしょう。昨日中に部材が入っているはずなのに入っていないということは…。

ハイ。ということで出戻りになりました。何ということでしょう(泣)。頼まれて頼まれて、二つ返事で行ったのにも関わらず、ひどい仕打ちです(泣)。しかも日曜日返上で!うーーん。ぐやじい!やるせないのです!鬼です。鬼畜です。んまあいいか。「出戻り」でもバッチリと請求書は書きますので(笑)。

もっといい方に考えれば、今日は「下見」が出来たということもあります。実はキッチンを収めるべく、各所の寸法を測っていたのですが、大工さんが間違ったのでしょう。思いっきり寸法が狭くて、どうにもこうにもとにかくやり直してもらわないとダメという箇所があったのです。なので、事情をでっかく書いた紙を貼り付けておきました。「やり直して下さい」って(笑)。

あーあ。日曜日が半分くらい食われてしまった…(泣)。というよりも今はちょっと困った状態。ココロの中が空っぽなのです。何を見ても何も感じない。何も美味いと思わない。何もしたくない。空っぽというよりは砂漠状態ですね。最近こういう時間が増えてきています。それ程まだに失ったものが大きかったかな…(泣)。

2007年7月21日(土)
玉葱

今日はバリバリお休みでした。でも、明日が仕事です(泣)。ということで親の仇と言わんばかりに朝から酒を飲んではラリって楽しんでいました。午前中や日中に飲むビールほど美味いものはありませんですよこれは。でへへへです。

んで、しばらくしたら昼になっていました。酒を飲んでいたせいもあってか、腹が減りまくっていたので昼食を摂ることに致しましたが、酒を飲んでいる時はついついガツガツと食いすぎがちです。…最近、体重が心配な僕としては、というかもうストレスにより限度量を超してますが(泣)とにもかくにも何とかしたいので「軽食」を作りました。

それがこれ。玉葱パンスープであります。これがまた美味い美味い。我ながら(^_^)V ということでちょっとだけ作り方を書かせて頂きます。

用意するものは一人分で
水200cc 玉葱(中)1個、ビーフジャーキー10グラム前後、フランスパン適宜です。お好みによっては塩こしょう、小エビなどを入れても面白いでしょう。しかし、玉葱は「無農薬」とか「有機栽培」とか書かれている良いものを使って下さい。調味料などを殆ど使わないので、玉葱の味がモロにでる料理ですから。またビーフジャーキーはオーストラリアまたはニュージーランド産、つまりはグラスフェッド(穀物を食べさせずに草だけで育てた牛肉)のものを使うのがベストでしょう。

まず、200cc前後の水に、スライスした玉葱とビーフジャーキーを入れて、そのまま火にかけて沸騰させます。そして弱火から中火で最低でも30分くらいは煮込んで下さい。水が足りなくなったと思ったら足し水をしてでも煮込みまくって下さい。

そして…「まず」と書きましたが実はこれだけ(笑)。後は、お好みにより、塩こしょうで味を調えるだけ。とにもかくにも玉葱の甘みがモロに出る料理なので、甘いのが苦手だったら塩を加える。それだけの話です。そしてちょっとしたランチやブレックファストにしたいと思ったら、フランスパンをちぎったものを加えれば良し。ちなみに、これだけ煮込むと、ビーフジャーキーってこんなに圧縮されていたのかぁっていうことが分かりますよ。

どれ、そろそろダルくなってきたから寝ようかしら。お腹もいっぱいだしね。なんか最近なーんにもしていないのに、ただ生き延びているだけなのに疲れまくってます。不眠だしね(^_^)V。あんまり不眠ちゃんとは友達になりたくはないんですけど!

2007年7月20日(金)
通院

今日は病院に行ってきました。ルーチンの通院日です。さて、先日、異動により新しく僕の主治医になったドクターですが、とてもいい人で助かっています。何よりも、話しやすい雰囲気を持っていて且つ、いかにもベテランという貫禄をも持ったドクターなのです。

一番助かっているのは、ベテランだからこそなせる業なのでしょう。僕があまり語らなくても、表情などから病状を読み取って下さるところです。すぐに「極度の睡眠不足」と「神経衰弱状態」であり、不安や焦燥感に駆られていることがバレました(笑)。

ということでおクスリ強化。睡眠前のおクスリをガッチリと、これでもかっ!と言わんばかりに強化してもらいました。ついでに僕も足りない頭で考えてきたことをリクエストしました。

それは、僕はベゲタミンAというそれはそれは強烈な薬を「強い不安時」ということで一日4錠というとんでもない量(クスリに弱い方ならば一錠服用しただけで爆睡でしょう)を出されていたのですが、このお薬、クロルプロマジンとプロメタジン、そしてフェノバルビタールという3種類の成分から構成されています。そして全部が強い鎮静作用を持っている有効成分なのですが、問題なのはフェノバルビタールと言うヤツ。こいつは依存性は強いは心毒性も強いわ耐性は付くわという危険なイチモツなのです。

というわけで、不安は止めたいけれども心臓は止めたくない僕はこのフェノバルビタールを抜いたクロルプロマジンとプロメタジンだけ、すなわち商品名でいえばコントミン、ヒベルナをこのベゲタミンAの代わりに出して下さいとリクエストしたら、ドクター、感心していらっしゃいました。「博識だねぇ。よく知ってるねぇ、一理あるわ」と。んまあ、大学と専門学校でお遊び程度の薬理学は勉強しましたから分かりますよん(^_^)V

よし、これでツールは整ったぞ。後は時間が解決してくれるのを待つだけだ。不安や不眠がやって来たらおクスリで吹っ飛ばしてやるぞ!と何だかちょっと元気になって帰ってまいりました。んまあ、ドクターがいい人だったのと、リクエストを褒められたのが効いてますね(笑)。

さて、今日の一台。フェラーリF2001。色んな意味で最速の一台です。2001年のF1グランプリでM.シューマッハに大楽勝でのワールドチャンピオンをプレゼントした最速の一台。ちなみに別の意味での最速とは、F1ファンを奪ったスピードも最速だった一台と言うこと(笑)。あまりに強すぎて、誰が勝つのかが中継を観なくても分かってしまう「シューマッハ時代」のベースを築いた一台なのです(笑)。これは僕が大学3年の頃だったかな。友人達と酒を飲みながら決議致しました(笑)。おかげさまで僕もこの年からF1中継を観なくなり、3年後の佐藤琢磨の表彰台も見逃しました(泣)。

2007年7月19日(木)
口笛

悪夢のような日々を振り切って仕事に復帰しました。只今19時ちょっと前。2時間程前に口笛に悩まされながらの作業から開放されました。

どういうことかと言いますと、今日はみのもんたのテレビCFでお馴染みの、あのハウス会社の現場でキッチンの施工をしていたのです。んで、その場に居合わせた雇われ大工が、8時から17時まで、昼の休憩1時間を除き、ずっとその時間たるや8時間、口笛を吹き続けていたのです。

五月蝿い!黙れ!とも言えずにもう、耳障り不愉快極まりない有様でした。I had a headache状態。しかし、8時間も口笛を吹き続けて、疲れないのでせうか?仕事の質に影響しないのでしょうか?わかりません。どういう構造なのでしょうか。I can't believe it.むしろ、イヤミを込めた別の意味でThat's incredible!

嗚呼。疲れました。辺りが暗くなってまいりました。今は父が最後の仕上げをしている段階で、僕はこれをケータイから投稿してます。疲労の限界ですが、天国からあゆみが力を与えてくれていると信じて頑張ってます。でも、そろそろ疲れ気味でラリってるな。英語がガンガン出てくるもん(笑)。

ワタクシ、ちょっと困った生き物でして、限界を超えた疲労を喫したり、酒の飲み過ぎなどでラリラリ状態になってしまった時に日本人ではなくなります(笑)。英語とか、さらにタチが悪くなるとフランス語まで喋り出します(笑)。トランス状態というのでしょうか。ちなみに英検1級の面接もアルコール臭の出ない限度の泥酔状態で乗り切りました(爆)。ということで今、まさにトランス状態。んま、自分にKeep it upですな。

2007年7月18日(水)
倒壊。

毎日毎日書いていますが、強烈な不眠と漠然とした不安感のせいでフラフラ状態でした。とてもじゃないですけれども仕事なんかに行ける状態ではなく、家で休んでいましたが、気が休まる暇など全くありませんでした。つらい。

そして時計が13時頃を差した辺りでしょうか。物凄い動悸とめまいがやって来ました。立っていられないくらいの強烈なモノでした。なので、薬を服んでしばらくじっとしていたのですが、1時間経っても全く収まりませんでした。さすがにテンパり、生命の危機を感じました。

でもまだちょっとだけ余裕があったのでしょう、救急車というチョイスはせずにタクシーという手段で病院へ向かいました。タクシーの運転手さんには大変世話になりました。病院に着いた頃にはもう自立歩行も不能な状態で、看護師さんとタクシーの運転手さんに支えられて、ソッコーで処置室に搬入され、点滴を受けました。

…気が付くと、意識がハッキリと戻っていました。一安心。どうやらカラダのハード的な問題ではなくて、やっぱりソフト的な問題だったようです。んで、具合が良くなって調子に乗って処置室でワンショット(笑)。非常識者です。やっぱりバカのキチガイです(笑)。

しばらくすると、ドクターと看護師さんがやって来ました。僕はまずは礼を言って、事情を聞きました。とにもかくにも記憶が飛んでいたので、とんでもなく取り乱すような行為をしていなかったのか心配だったのですが、大丈夫だったみたいです。

んで、ドクターと話しました。しかし、ここの病院では様々なドクターに診てもらっていますが、誰一人として「何が起こったのか」を聞いてくるドクター、看護師さんがいないことが素晴しいと思います。聞かれたら、また発作を起こすだろうとの配慮でしょう。ご配慮、感謝致します。

ドクターには自殺願望の有無を強く聞かれましたが、僕の中にはそんな気は一切無いことを伝えるとドクターは「入院がいいのかなと考えていたんだけれども、それならば大丈夫だね。ならばとにもかくにも、またこういうことになったら誰先生でも何時でもいいから、早めに来て下さいね」と言って下さいました。んま、僕のカルテを見たのでしょう、確かに僕は柵の付いた病棟、そうでない病棟と入院経験がありますが、とにもかくにも5分と同じ場所にはいない人間なので(笑)両者とも3日と持たずに退院してましたから、入院も苦痛だろうとのご判断だったのでしょう。

取りあえず、さらに強力な安定剤を処方してもらって、ガッツリと眠れるようにして頂いて、病院を後にしました。いやはや、しかしまあ人間という生き物、神経がやられちゃうともう、なし崩し的にガラガラと崩れていくものですねぇ。死んだ人間を責めるような愚かな真似をする気は毛頭ありませんが、マジで自殺だけは止めましょう。と強く思った一日でありました。

2007年7月17日(火)
疲労困憊

最近になって、不眠のなかでもようやく眠りに就いたのにも関わらず、すぐさま悪夢(追いかけられる系、崩落系)に悩まされては目を覚ましてしまうといった状況で、心が安まる時間が無くて困っています。原因は特定できているのですが…。

ある方からメッセージをもらったのですが、僕はPTSDという症状なのかも知れません。これは、大きなショックによって受けた「トラウマ」「心的外傷」と呼ばれる心の傷が影響し、精神的な失調をもたらす病だそうで、主な症状には「不眠」「悪夢」などが入っていてズバピタなのです。金曜日に病院に行く予定なので、ドクターにちょっと相談してみようかと思います。キズは見つけてからすぐに治した方が治りも早いと思うので…。

夜中に悪夢で目を覚ましては、起きあがり、もう眠りたくないとばかりに行動を起こすのですが、その際にどうしても騒音をたててしまい、就寝中の家族にも迷惑をかけてしまっています。嗚呼、もうかなり辛い自責状態なのです。

でも、辛いのは僕だけではありません。一日中ぼやーっとした意識の中でプラモデルを作ったりテレビを見ているのですが、テレビの画面に映るのは新潟県中越沖地震の被災者さん達。彼らも相当に辛い矢面に立たされていると思います。ましてや、自然現象という、人間の手が及ばない「不可抗力」によって家や財産を失うことほどやるせないことはないでしょう。

とにもかくにも「辛いのは自分だけではない」と心に念じながら生き延びていきたいと思います。ちょっと地震のせいで時期は悪いけれども、たくさんの親友達が待っている新潟に酒でも飲みに行って発散してこようかなとか思っています。新潟市は大したこと無いそうなので。

さて、今日の一台。ホンダF-1 RA272。伝説の一台です。1965年のF1メキシコグランプリで勝利したこのマシンですが、エンジンからシャシーまで全てオールホンダの純日本製マシンなのです。日本のモータースポーツ史に大きな1ページを加えたと言って良いでしょう。制作途中にちょっと鳥肌が立ちました。これが戦後の日本のモノづくりなのか!とか思ったりして。

2007年7月16日(月)
地震-新潟県中越地方が呪われている。

今朝の10時半くらいだったでしょうか。地震を感じました。とても長い揺れでした。30秒くらいは少なくとも揺れていました。僕の街では揺れは強烈とまでは言えない程度でしたが、その時は一人で家にいたということもあってか、結構恐いものがありました。そして直感的に、「これは大地震だ」ということと震源地の場所を感じました。

すぐにテレビをつけました。地震情報のスーパーが流れてきました。「やっぱりだ」と思いました。震源地は関東上信越と出ました。そして、その場所がこの中の「越」であるともう、僕は分かりました。新潟県中越地方で震度6強。激しい揺れです。

さらにしばらく経つと、地震の詳細が明るみになってきました。震源地はやっぱり新潟県中越地方でした。ちなみに僕の街は震度3でした。震度3でもあれだけ揺れるんだから、震度6強っていったいどんな揺れなんでしょうか?今年は大地震が来る気がすると去年の後半と今年の序盤に僕はこの日記に書いたのですが、既に今年は石川県で大きな地震が発生しました。で、この際は予想していた震源地からちょっと離れていたけど…と書きました。

そして今日の地震。僕が予想していた震源地とそれはかなり近い場所でした。色々と問題が起こると大変なので書きませんでしたが、僕は佐渡島周辺を震源地とする大地震が来ると想像していたのです。僕はとにもかくにも地理と地学が好きで、暇な時には色々な地理ネタを調べたり、予想をしたりしています。

ちなみに僕の地震の予測方法は、一番単純なものに基づいています。勝手に命名すれば「空白域+プレート法」。まずは気象庁のサイト等から、過去に起きた大地震の震源地を調べては、フリーハンドで適当に日本列島を書いては、そこに震源地となった場所に×をつけて いきます。そうして行くと、「この辺は最近、大地震が来ていないなぁ」という場所が一目で分かります。それが「空白域」。過去に大地震があってからしばら く地震が起きていない、つまりは地震を起こすべく地球のパワーが貯まりに貯まりまくっていて、それがそろそろ爆発して大地震を引き起こすのでは?というテ リトリー。

まあ、この予測法は活断層などの存在を考えていませんので、科学的な根拠にはちょっと欠けるものだとは思うのですけれども、とにもかくにも基礎に忠実なものだと思います。そして、この予測の結果が佐渡島周辺でありました。前回の地震と言い今回と言い、もうこれは間が悪いとかそういうことでは済まされない問題、何かに呪われているとしか思えません。被災者の方々には心よりお見舞いを申し上げます。

さて、今日の一台。タイレルP34。クルマ、レーシングカーという乗り物は4輪車ですが、なんとこのクルマは6輪車。その理論は、前輪に小さいタイヤを履くすることで空気抵抗を減らした変わりに、タイヤを小さくした分、低下したタイヤの接地面積、すなわちグリップ力を上げるためにタイヤをもう2輪追加すればいいじゃないかというもの。F1グランプリに於いて1976年と1977年の2年間だけ走りましたが、その中で勝利を挙げています。しかしまあ、面白いアイデアですね。

2007年7月15日(日)
僕には支えてくれる人がいる

彼女が亡くなってからちょうど10日。ようやく「自分は絶対に後を追ったりしないのだ!」という気持ちの整理が着いたのですが、如何せん不安定な状態。なので、友達にちょっと話を聞いてもらおうかなということで電話をかける気になりました。

まあ、正確に言うと僕には「友達」はいません。でも「親友」はいます。人数的には少ないですが。とにもかくにも僕は物事をマルかバツでしか判定しない人間ですから、ただの「友達」はいないのです。だから「他人」か「親友」、そしておまけ的に両親・親戚がいるということになっています。

しかし、電話をかけるとなっても、今月は色々とあって電話代がかさんでしまっているので、ケータイからはかける気になりませんでした。だから宅電を使って友人に掛けてみましたが、応答ゼロ。…何でだろう?と思ったのですが、すぐに原因が分かりました。我が家の宅電はIP電話で、アタマがから始まる番号なのです。だから着信表示を見た友人達は多分、相当に怪しんだと思います(笑)。

仕方ないので、ケータイで掛けてみたら応答がありました。でも、取り込み中なので後で掛け直してくれるということになりました。

…しばらくして掛かってきました。ありがたや。Yさんでありました。僕の親友達はみんな僕の理解者です。僕が病気に罹患してからしばらく経った時、なかなか状態が上向かないどころか下がっていき、それが極限まで悪化してしまい統合失調症に限りなく近い状態になった時期がありました。その際に僕は混乱するアタマの中でかなりの奇行などを働いてしまい、それを気持ち悪がり、僕への連絡を絶った人間たちが大勢いる中で、まるで「篩(ふるい)にかけ損なわれたダマの様に、僅かに残ってくれた大切な友達の一人です。

で、彼とは趣味なども結構合うので、世間話をしたり、話の核心である現況などを話しました。親には話せないようなことまで全部話したいことを話しました。彼は僕よりも年下ですが、もう人間が完成しています。僕の話をちゃんと汲み取ってくれた上に、「がんばれ」という言葉を使わずに励ましてくれました。ああ、気が楽になった。ありがたやありがたや。そういえば糸魚川に「ありがたや通り」ってありませんでしたっけ?

画像の一台。ロータス99T Honda 。1987年、かのアイルトンセナが駆り、モナコGPとデトロイトGPを制しました。我ながらかなりの自信作な仕上がりです(^_^)V。

2007年7月14日(土)
不眠だ悪夢だ地獄だ。

取りあえず昨晩は一旦は床に入りました。しかし、1時間くらい経った頃でしょうか、とんでもなく恐ろしい夢を見てしまいました。ナイトメアというヤツです。その内容は…

僕はクルマを一人で運転していました。そしたら、トンネルに差し掛かりました。そこまでは風光明媚なドライブだったわけです。しかし、トンネルに入った途端にそれは一変、地獄になりました。何が地獄かって、トンネルの途中あたりに差し掛かった辺りで、何とまあトンネルが崩壊したんです。そしてお見事に下敷き。

しかもただ下敷きになっただけで、即死すれば良かったものの、身体中がガンガンギンギンと言葉では言い表せられないほどの痛みに襲われ、各所からは血がぶしゅーっと吹き出していました。嗚呼。即死ならば苦しくなかったのに…やっぱりナイトメア。

そこで「うぎゃぁ!」と目が覚めました。全く困ったものです。最近こういう「崩落系」だとか「追いかけられる系」の夢ばっかり見てしまって、その度に目覚めております。全く眠れたもんじゃないです。困ったものです本当に。勘弁して下さいって感じです。

もう、先日の悪夢以来、極度の不眠に陥ってしまっていた僕ですが、それまででも僕は最強クラスの睡眠剤を処方されていたのですが、さらに先日の悪夢以来、それをさらに強くしてもらい、服用している睡眠剤が「究極のメニュー」と化していたのにも関わらずこの有様です。恐らく、今の僕のココロの中に刻まれたキズは現代医学では治せないものなのでしょう。

ということで、もう寝たくなかったので、ずーーーーーーーっとプラモデルを作っていました。男の子は基本的にプラモデルというものが大好きなのですよ。まあ、中には嫌いな人もいるとは思いますが(笑)。そして時間も何もかも忘れて…現在14日の16時ちょっと前。15時間くらいプラモデル作りに没頭しております。一旦ハマったらなかなか止められないという困った性格です。

しかし…プラモデルも高くなりました。ディテールが細かくなったというプラス部分もあるのですが、ずす少年時代ならばF1カーのキットが1500円前後、そして塗装用のスプレー缶が400円くらいだったのですが、今はF1カーのキットが2700円とかします。そしてスプレーも600円。原油高騰とか製品化にかかるライセンス料とか、いろいろ五月蠅くなってきているとは思いますが、これでは子供は買えないですね(爆)。何とかしてくれぇ!ストレス発散にカネがかかり過ぎる!

2007年7月13日(金)
我が街の精神医療は素晴しい!

今日は、通院日だったので病院に行ってきました。もちろん精神科ですよ(笑)。でも、本当は僕の診療時間は午後の予定だったのですが、もう今日は午前中から具合が悪い悪い。仕方ないので病院に「午前中に行ってもいいですか?」と電話を入れました。

そしたら応対して下さった看護師さん。イヤな顔ひとつせずに「もちろん結構です。お気をつけていらして下さい。お待ちしています」だって。とても気分が良くなり、それだけでも気分が晴れました。

そしていざ病院到着。で、一応は病院内にいる僕の主治医は院内にはいらっしゃるとのことで、看護師さんはせっせとドクターに連絡を取ることを試みて下さいましたが、ドクターは入院患者さんの処置に時間がかかっているとのことで看護師さんから「お待たせするわけにはいかないので、別のドクターでもよろしいですか」と言われました。僕はとにもかくにも苦しかった上に、看護師さんの好意を踏みにじるわけには行かないと思って、もちろんOKの返事をしました。

そしたら僅か30秒後、僕は診察室に通されました。早っ!結構混んでいたのに…。でも実は僕は先日病院に行った時に、看護師さんの一人に「最近辛いことがあって…」ということを漏らしていたのですが、それは聞き流されてはいなかったようで、他の看護師さんも僕の今置かれた状態をご存じでした。ちゃんとコンセンサスを取って下さったのでしょう。ありがたや。

いよいよドクターと対面。初めてのドクターでしたが、僕のカルテを見るや、僕には何も問いただしませんでした。そして開口一番「辛いね。こういうことで病気になっちゃう人も大勢いる中で、よく頑張っているね」と言って下さいました。この姿勢は僕の主治医と一緒。この病院、院長先生かどなたかは知りませんが、こういったドクターの姿勢とか在り方とかいうものが徹底されているんだなぁと感じました。有り難かった。

そして「今はもう薬の力に頼るしかない状況だから、申し訳ないけれども、薬、ちょっと増えちゃうけれどもいいかな?気持ちを落ち着かせる薬なんだけれども、副作用の少ない薬だから安心して。でも何かあったらすぐに電話でもいいから連絡してね」だって。この丁寧さも僕の主治医と一緒。素晴しい。薬をポンポンと副作用の説明も無しに出して薬漬けにするドクターが結構いる中で、この姿勢。具合が一気にこれだけでも良くなりました。

実は、僕の住んでいる街って精神医療の先進地と呼ばれることもあるんです。精神科救急態勢も整っているし、僕の通っている病院ではないのですけれども、全国各地から視察に来る人がいる精神病院まであるくらいですから。何ででしょうね。「白い巨塔」とか言う言葉が有名ですが、地域の病院を牛耳っているらしい国公立の大学病院が無いからでしょうか。

確かにちょっと考えてみれば、僕の住んでいる街の病院の殆どが民間の病院です。だから、競争原理が働いているのかな?それとも大学病院が無いから、面倒くさい患者は大学病院にぶん投げると言うことが無くて、全部我が街の中で片づけなくちゃ!という意識でもあるんでしょうかね?まあとにもかくにも、今日の一連の出来事でこれで僕はいつ具合が悪くなっても大丈夫という「安心」を手にしたことは言うまでもありません。本当にありがとうございました。

2007年7月12日(木)
ヘビが出没父悲鳴(笑)

今朝のことでありました。我が家の裏庭から悲鳴が聞こえ、それから数秒もしないうちに父が僕の所へと飛んできました。父は「すー(我が家での僕の呼ばれ方)!!ヘビが出た!!退治してくれぇ〜!!」だって。メチャクチャテンパってました(笑)。

僕の父は日頃は「オレには恐いものなど無いのだ!ガハハハハ」と豪語している人間なのですが、唯一苦手なのがヘビなのです。なんでも、少年時代に山で遊んでいたら、頭上からヘビが落ちてきて心臓が止まる思いをしたとかいうことで、それがトラウマになって、未だにヘビ嫌いが治らないそうです。

まあ、僕もヘビは基本的には好きではないですが、マムシ程度ならば何とかなるだろうと思ってジーンズをはいて(ジーンズの染料ってヘビなどが嫌がるらしいです)爆笑ながら現場へと向かいました。しかし爆笑。だって、日頃、あれだけ粋がっている父が、悲鳴をあげては僕の後ろに隠れるようにしてヘビ出没現場に案内したんだもん(笑)。

どれどれと見てみると、イチジクの木の枝付近に、確かにヘビがいました。ヤマカガシの様です。全長が1メートルあるかないかといったくらいの大きさでした。んで、父が「さっさと殺すか、追っ払ってくれぇ」と半分泣きそうな表情で訴えるので、仕方なく僕は駆除することにしました。

ヤマカガシは僕の頭上からちょっと上、つまりは2メートルくらいの高さの枝にいたので、取りあえず要らない角材を持ってきて、ヤマカガシを枝から落としました。ヘビは変温動物、つまりは哺乳動物のように体温調節が出来ない生き物ですから、昨日のようにバシャーーっと思いっきり雨が降った雨上がりの今朝、日光に当たる場所に行って。カラダを暖めていたんでしょうねぇ。ヤマカガシ君にしたらとんだ災難ですな(笑)。

とにもかくにも父が騒ぐので僕はやむを得ず、ヤマカガシ君をこの世から葬り去ることに致しました。角材で頭部と思われる場所を連打。ゴメンね。でも父がもう完全にテンパってるんだもん。我が家に来たことはかなり運が悪かったね。

というわけで、ヤマカガシ君はその息の根を僕によって止められました。そして父が「出来るだけ遠くに捨ててきてくれぇ〜!」と言うのですが、面倒くさいので、すぐそばにある堰に捨ててきました。ゴメンね。ホントにゴメンね。ヤマカガシ君。

ちなみにこれ程までにヘビが苦手な父ですが、その妻、つまり僕の母は蛇年生まれであります。うーーん。何だか微妙ですなぁ。蛇と良かれ悪かれ、縁がありすぎるのかな?僕の父は。とか思いました。んで、脚を怪我している僕ですから、今日の仕事はキャンセルしたのですが、父が「褒美に有給休暇にしてやる」と言ってきました。というわけで、のんびり休みましたよ(^_^)V

2007年7月11日(水)
パトカー初乗車!

ここ数日続いた不眠のおかげで、もうヘロヘロ状態でした。でも何とか仕事に行きました。んまあ、ヘロヘロだったので、ちょこちょこと休憩を入れながら、程よくサボりながら仕事をしておりました。こういう時に上手にサボることが大切です(^_^)。

しかし、しばらくして腹が減ったので、食料と飲料を調達しようと思って、数百メートル先のコンビニまで歩いていきました。カスタマイズされたお馴染みブルーのツナギを着て。しかし、両親からはいい加減に立ち直れとかガンガン言われては思いっきり凹んでるもんだから…

ふと気が抜けたスキに僕はどでしゃーーん!と思いっきりコケてしまいました。思いっきりコケてしまったので、トレードマークである「イナバウアーフレーム弐萬円堂メガネ」が落っこちてしまって破損!しかも悪しきことに脚もやってしまったようで動けなくなりました(泣)。

この周辺は農村。救いを求めようにも通行人がいない上に、ケータイも「ちょっとした買い物」だったので持ってきていないと来ています。脚はじんじんと痛むは2か月前に買ったばかりのメガネは壊れるわで地獄を見ましたぜ。

んで、そんな状況で困窮を窮めていた僕の目の前をパトカーが通っていき、しばらくして乗っていたお巡りさんが駆け寄ってきました。「どうしたの?」と。僕は、けんけんがくがくで…と説明したら、お巡りさんは「じゃあ病院か、お父さんのいる現場まで送ろうか」と聞いてきたので、僕は好意に甘えることにしましたが、この際パトカー初乗車を果たしてしまいました。お巡りさんの好意には感激でしたが不本意です。うーーん。複雑。

というわけでこのまま、父に病院に連れて行かれました。足首のねんざと膝のごく軽い脱臼でした。痛い痛い。しかしまあ、馬鹿馬鹿しいもんです(--#)ちょっとした不注意だもん。死にたくなるわ(`_・)

2007年7月10日(火)
ニュータウンから聞こえる哀歌

今日は引き渡し前の住宅のキズを補修して参りました。ここは丘の上に作られたニュータウンで、我が街の隣町なのですが、我が街の都心からもそんなに遠くない距離にあり、とても良い場所!と思ったのです。しかし、いざ現場に来たところ、かなり空き区画があるのです。そして、現場の担当者さんが来ましたが、開口一番「ここ、思うように売れないんだよねぇ」

話によると、このニュータウン、地価も坪3万円程度ということで、立地も考えればかなり、いや、非常にお買い得。ですから画像のように、土地代で得した分を建物に回したのでしょう。かなり立派で大きい家が建っているのですが、このニュータウンがなかなか売れない理由がすぐに分かりました。

それは、ケータイの基地局のカバーエリアからたまたまはずれてしまっているか、近隣の丘が電波を邪魔しているのか、標高が高すぎるのか分かりませんが、ケータイが殆ど圏外なのです(笑)。僕がauとソフトバンク、父がドコモを持っているので、僕と父で主要な3キャリアを全て所有しているのですが、どれも殆ど使い物にならない(爆)。ドコモでしかもmovaでさえもダメというのは厳しいですねぇ。

しかし、それを知らずにいざここに家を建ててしまって、生活を営んでいるうちに「ケータイが使えないじゃないか!」という悲惨な目に遭うお施主様がいるのかなぁと言うことを考えていたら、自然とアタマの中では哀歌が流れてきました。こりゃ、大変ですぜぇ。

立地はなかなか良いのにもかかわらず坪3万円台の理由が分かりました。もう、これはケータイ事業者さんのアンテナ増設を待つしかないですね。まあ「ケータイ問題」が解決したならば、ここの地価はドカンと上がることが予想されます。先物買いということで今のうちに土地だけでも買っておいたら儲かるかもしれませんね。

しかし、ここを造成したデベロッパーは、ケータイ使えないじゃん!ということに全く気づかずに造成したんでしょうか?それとも確信犯??とにもかくにもニュータウンという地にも関わらず、どの会社のケータイも全くダメという所は生まれて初めてでした。んまあ、住んでみればケータイ代に悩まされることが無くていいのかも知れません(笑)。

ちなみに、僕がこれまでに受けた一番の「ニュータウンインパクト」といえば、これまた福島県内の某市にあるニュータウンで、最寄りのコンビニまで4キロちょっとあるという場所でしたが、これを軽々と超え、K点越えまで達成しました(^_^)。

2007年7月9日(月)
プラモデルスタイル

ただ休養しているだけでは、よからぬ事を考えてしまったりして自滅しそうなので、昨日、プラモデルをたっぷりと買い込んできては作りまくっています。プラモデル作りは、酒とイーブンくらいのレベルの僕の一番の趣味の一つなのです。あ、でもプラモデルと言っても美少女フィギュアやガンダムなど、秋葉原で幅広く売られているものではなく、F1マシンです。

僕は大変にビンボーですが、2000円前後のプラモデルキット数箱と1本500円強するスプレー塗料等々を買うカネが大変不本意な理由によって(自滅に繋がるので敢えて書かない。昨日以下の日記から想像して下さい)出来てしまったのです。だからバンバン買いました。でも定価販売の最寄りの模型店ではなく、ディスカウントされている量販店に行って買った辺りに、まだまだ未練がましいところがあります(爆)。

ついでにプラモデル作り用の作業着として、夏用に半袖になっているツナギも買いました。今までもツナギは持っていたのですが、長袖の上に厚ぼったい生地のため、メチャクチャ暑かったのです。でもこのツナギは「夏仕様」。半袖の上に、各所にスリットがあり、そこにはメッシュ素材が使われております。大変に涼しいです。

んで、早速ツナギをちょっとだけカスタマイズしました。んまあ、持っているワッペンをペタペタと貼っただけですけれども。でも、こういったブランドものでもない激安大量生産の服にはちょっと手を加えてあげないとつまらないのです。僕としては。だからちょっとだけカスタマイズ。

これに、部品を切った時にカケラが飛んできた時に眼を守るため(以前、ニッパーで部品を切った時に切片か何かが飛んできて、それが眼に入ってしまってとんでもない目にあったので)のセーフティゴーグルをつけ、塗料やシンナーでラリったり、喘息発作を防ぐためにマスクをすれば完全武装完了です(^_^)V

僕はとにもかくにも馬鹿力にはそれなりの自信がある…つもりなのですが、とにもかくにもカラダとココロが脆くて壊れやすい。昨日の真夜中でしょうか、強烈な喘息発作がやって来たんです。もう呼吸困難で死ぬかと思うくらいで、這いつくばってメプチン(発作止め)を探しましたから。

これでまた自分が従事できない仕事を一つ見つけてしまいました。それは…シンナー・ラッカーをガンガン使うような塗装屋さん。嗚呼、なんて僕はカラダが弱い人間なのでせう。国民皆保険制度が実現している日本に生まれて良かったなぁと痛感しております。

ついでにショッキングな出来事がありました。仕事から今し方帰ってきて、メールをチェックしたら「お前のキチガイのせいで自殺したんだろ?お前は人殺しなんだよ!こんな稚拙な日記連ねやがるところを見ると、まだまだガキだな。仮病ぶって社会から離れているのが見え見えだぞ!※囲碁慎め!」というメッセージが来てました。まあ※の所を見て下されば分かるんですが、完全な変換ミス(笑)。囲碁かよ。以後だろ!んま、僕は囲碁の趣味はありませんから充分に慎んでますよ!ばーーか!

んま、送信者のリモートホストを割り出したので、通報します。傷害罪でも恐喝罪でも何でも食らって下さい。そして「クラブきっず」の制作者同様に法によって罰せられて下さい。法治国家である日本に生まれて良かったなぁと痛感しております。

2007年7月8日(日)
自殺??自らを殺す?分からない。

今日で僕の彼女がこの世からいなくなってから3日が経ちました。でも、全然実感がありません。彼女に電話をかければいつものように眠そうなむにゃむにゃ口調で「もしもし〜」と応答してくれそうな気がします。

でも絶対あり得ないことです。それでもこの現実が受け入れられません。動悸が激しくなります。胃がキリキリと痛みます。だから寝たくても眠れない。しかも、悪夢を見たらどうしようなどと言う杞憂が追い打ちをかけます。

おかげで昨晩は睡眠薬をあおってあおってあおりまくって、結局はベゲタミンAという強力なものを6錠服用して、やっと眠りにつけました。普通の人ならばこのくらいにこの薬を服用すれば一日中寝ているんじゃないでしょうか?しかし、僕は1時間後に目を覚ましました。 

こういった、睡眠薬をガンガン服用しても眠れずに、ここ数日の心労も重なって、もうパニック状態に近かった状況下で僕を助けてくれたのが、このサイトにもしばしば遊びに来てくれていて、mixiでもお友達であるあやさんでした。彼女は看護師さんです。もうね、さすがプロだなって感じました。深い傷を負った人間への接し方など。どん底状態の僕をとりあえず「後追い自殺は絶対にしないレベル」まで、数通のメールだけで引き上げてくれましたから。

看護師という仕事は、それだけでもストレスの溜まる仕事であることは誰もがご承知のことでしょう。それなのにあやさんは、オフの時間なのにもかかわらず、僕の暗くて冷たい話を聞いてくれて助けてくれたんだから。凄い。我が国の若い看護士のホープでしょう!本当に感謝しています。

それから、昨日から今日にかけても沢山の方々からメールやメッセージを頂いております。全くのお初の方で面識も何もないから方までからもメールを頂いております。人間、ひとりぼっちじゃないと言うことを強く実感することが出来、勇気になりました。

頂いたメールやメッセージがが多すぎて、それはお返事を返すだけでパンクしそうな程なので、ちょっと今はお礼・お返事は出来そうにもないので、この場を借りまして取りあえずのお礼を致します。本当にありがとうございました。

今日で僕はこの世に生を受けてから26年と287日、日数にすると9783日になりましたが、度々書きましたが、この出来事はこの期間内では勿論最悪なことです。何にせよ、もし、これを読まれている方の中で、自殺を考えている方がいらっしゃったら申し上げます。あなたは一人じゃない。あなたがこの世からいなくなることで苦しむ人間が必ずいます。是非とも、考えて下さい。あなたがいなくなったら悲しみに沈む人が必ずきっといます。その悲しみたるや、他のものでは絶対に埋められないものです。自殺だけは絶対に止めて下さい!!!!

2007年7月7日(土)
日本語が出てこない(笑)。

まずはお礼から。7月5日に彼女が自らその命を絶ってしまって、ショックに陥っている僕ですが、先日から沢山の方々からメールを頂いております。全くのお初の方で面識も何もないから方までからもメールを頂いております。人間、ひとりぼっちじゃないと言うことを強く実感することが出来、勇気になりました。

頂いたメールが多すぎてお返事がちょっと今は出来そうにもないので、この場を借りまして取りあえずのお礼を致します。本当にありがとうございました。

まず僕が彼女に捧げることが出来るものと言ったらこの日記を書くことですね。彼女は僕の日記の愛読者さんの一人で、僕が書く日記の「ギャップ」に惚れ込んでしまった子でした。

例えば今日は時事ネタへの私見や、イチオーは経済学部で経営学を叩き込んだ身ですので、経済・経営ネタ、そして大得意の地理ネタなどについてちょっとアカデミックなことを書いたと思ったら、明日はとんでもないお馬鹿なことを書いているというこの「ギャップ」がとても面白かったそうです。そっかー。僕の書く文章には美人で可愛い女の子を引きつけるチカラがあるのかー(^_^)Vなんて感じで自画自賛イェー!

そして、mixi(この日記はmixiにも掲載させて頂いています)で偶然出会って、彼女からケータイのメアドが「もしよかったら携帯にメルください。ナンパとかじゃないですよ・・・・w」という文言と共に送られてきたので、僕も自分のケータイのメアドを送ったら最後(笑)。これが馴れ初めですね。

それからは彼女からの巧妙なアタックが始まりました。チョロチョロと僕の事が好きなんだといった内容を僅かに入れるといった感じのメールを送ってきたんです(笑)。そして、2回目に会った時には僕に、僕が告白するべきシチュエーションに持ち込んだ…という知能犯でしたね(笑)。そのことを生前に聞いたら「あたしから告白してフラれたら恐いもん!」だって。すんません。おのろけで、でももう彼女はこの世にはいないんです(泣)。

ということで、ここ数日暗いネタが続いたので、天国できっと読んでくれる彼女のために、おバカネタでも書きましょうか。憂いも悲しみも吹き飛ばして頑張って書きます!

えーと、今日はとにもかくにも前述のように、憂いも悲しみも吹き飛ばして仕事に行ってきました。新築住宅のキッチン施工です。しかし、僕は完全にもぬけの殻状態で、普段ならひょいひょいと持ち上がる重量物も持ち上げる事が出来ませんでした。やっぱりショックが残ってるんだなって思いました。

その上、日本語まで出てこなくなりました(爆)。画像にあるものは「充電式インパクトドライバー」といいます。つまりはビスを壁などに打つ時に使う電動工具の一種ですね。んま、我々は「電ドリ」とか「電ドル」とか「インパクト」などと呼んでいます。

んで、僕が現場でこの「電ドル」を使う段になったのですが、探しても見つからない。仕方なく僕の「親方」である父に聞こうと思ったのですが、この工具の名前が出てこない(笑)。えーーと、何ていう名前だったっけ…出てこない!仕方ないので僕はこう言いました。「父ちゃん!アレアレ、あの〜電気でビスを打つ機械、何処に行ったっけ」?と。

それを聞いた父は「あ、クルマにあるよ」と返したまでは良いのですが、その後爆笑していました。そして「おまえ、『電ドル』って言葉忘れてたんだべ、やっぱりかなり神経衰弱状態だな」と言いました。ハイ、その通りです。でも、揚げ足をとるつもりは全くもありませんが、自分だってこの前、「テレビのリモコン」という言葉が出てこなくて「おーい!『テレビのチャンネル替える機械』どこいった?」って言ってたじゃんかよ!おあとがよろしいようで_(._.)_

2007年7月6日(金)
彼女ショックにより病院へ2回行く。

2007年7月5日に僕の大切な彼女が自殺してしまいました。僕のココロはもうボロボロです。とにもかくにも眠れない。眠れないどころか、自然と涙が出てきては大泣き。それには、さすがに両親とも僕に対してどういった声をかければいいのか分からなかった、つまりは声を失った状態でした。

しかし、さすがに見かねた母が、まずは深夜2時くらいに病院へと連れて行ってくれました。僕の通っている病院は、深夜でも当直のドクターがいるので、対応してもらえるのです。

病院に着いて、ドクターの診察を受けましたが、僕は只泣きわめくだけ。母が一部始終を話してくれました。そうしたらドクターは「あまりに気の毒過ぎるね」と言って下さり、応急措置をしてくれました。そこではリスパダールというクスリの内用液と精神安定剤の注射をして下さったのですが、しかし、それっぽっちでは僕のココロのキズは全く埋まりませんでした。

そこでやむを得ず注射をもう一発。すると、しばらくしてようやく落ち着きを取り戻せたので、ドクターに礼を言って一旦帰宅しました。

しかし、午後になってまた精神状態が芳しくなくなりました。そこで、丁度そのタイミングは僕の主治医の診察時間だったので、また母と病院へと行きました。これまた僕は泣き叫ぶ。すると、急患扱いされたのでしょう。待合室で待っている人の多さの割には、すぐに診察をしてもらえました。

僕は「ああ…ここでまた一部始終を話さなければいけないのか…」と更に憂鬱になりながら診察室に入ったのですが、診察室にはいるとドクターは開口一番「辛かったね。これ以上辛いことはないよ、よく彼女の後を追わなかったね。がんばったね」と言って下さりました。ちゃんと深夜に診て下さったドクターの書き残したカルテを見て下さったんだ。その上、この優しい言葉。

それを聞いた僕はまた大泣き。そして、速やかに応急処置をして下さり、薬を処方してくれました。そして診察終了時には突然僕の手を握ってきて下さって握手。そして「時間が解決してくれるから、それまでは薬で誤魔化して、何とか耐えるんだよ。そして具合が悪くなったらいつでも来るんだよ。君を死なせるわけにはいかないんだ」と。また涙。

でもやっぱり、まだ信じられない。もう彼女はこの世にはいないと言うことが、飲み込めませんし、彼女と過ごした楽しい時間を思い出しては毛布を被って泣いています。諦めきれないんです。

2007年7月5日(木)
彼女が自殺しました。

僕は今日、大切な彼女を失いました。彼女は自らの手でその命を絶ちました。仕事関係で悩んでいたようですが、まさかこんな行為を執るとは…何で相談してくれなかったんだろう。僕の力不足が原因なのか。自責の念に駆られています。僕の心には一生消せない、どんな名医でも治せない深い傷が刻まれました。

もし、これを読まれている方の中で、自殺を考えている方がいらっしゃったら申し上げます。あなたは一人じゃない。あなたがこの世からいなくなることで苦しむ人間が必ずいます。是非とも、考えて下さい。あなたがいなくなったら悲しみに沈む人が必ずきっといます。

しかしもう、僕に出来ることといえば、彼女が安らかに天に召してくれることを祈るだけです。僕は当分君の元へは行けないし率先して行くつもりもないけれども、またどこかで出会えるよね?本当にありがとう。9642日間、お疲れ様でした。ゆっくり休んでね。

2007年7月4日(水)
福島松川PAのうどんが美味かった(^*^)

今日は激しく働いてきました。もう目が回るくらいにあちらこちらからエマージェンシーコールがかかってきたので、広い福島県内を高速道路を使って移動しながら、現場に行ってはメンテナンス・キズ直しなんかをしておりました。んまあ、ドライブ好きですし、高速道路は普段は滅多に乗れないからそれも又良し。ちなみに、ちゃんと高速料金を請求したことは言うまでもありません(笑)。

さて、あちらこちらと移動しているうちに、腹が減ってまいりました。でも、ガンガンと次の現場へと向けてスピーディーに移動しなければならない。よって、下道なんて走っていられない!ということで東北自動車道は福島松川パーキングエリア(下り線)で昼食を摂ることに致しました。

…ていうか、こんなこと言うのも失礼かも知れませんけれども、高速道路の食堂で出てくる食べ物って、不味い上に値段も高いっていうイメージ、ありませんか?最近はサービスエリアごとに色々な名物商品なんかが登場していて、人々を楽しませているということは耳にはしていたのですが、やっぱり僕の中では「高速道路の飲食店は高い上に不味い」っていうものがあったんですよね。

んまあとにもかくにも腹が減った。「腹が減っては戦は出来ぬ」、失礼を重ねるようだけれども「背に腹は代えられぬ」といった感じで、福島松川パーキングエリア(下り線)に入り、そこの食堂の食券機の前に僕は立ちました。そして…偶然目に入ったのが「冷やしたぬき山菜うどん450円也」というものでありました。で、僕は「値段も妥当だし、これでいいべ」といった感じで、こいつの食券を買いました。

そうして食券を厨房のおばちゃんに渡してから数分後。「293番冷やしたぬき山菜うどんの方〜」というおばちゃんの声が聞こえたので、それを受け取りに行きました。そうして、それを席に持っていって口に入れたわけだ。

「…。」一瞬言葉を失いました。「美味いじゃん!」いやはや。これがマジで美味かったのですよ。ツユは別としても、麺の出来が素晴しかったんです。「どうせ、激安の冷凍うどんでも温めて出すんだろ」と思っていたのですが、ところがドッコイでしたね。冷凍だったかどうかは稚拙な味覚しか持ち合わせていない僕には分かりませんでしたが、麺のコシが最高でした。シコシコプルンプルン♪

多分、この麺は麺の作りも良いと思うのですが、それ以前に「うどん粉」に良いものを使っているんだと思いました。恐らくですが、変なエゴさが全くなかったので、国産の粉で作った麺だったと想像できます。いやはや。高速道路の食堂でこういううどんが食えるとは夢にも思ってませんでしたから、とにもかくにも意表を突かれたような感じでビビリました。

んまあ、皆様、東北自動車道は福島松川PAにお立ち寄りになられた場合には、是非とも「うどん」を食してみて下さい。そしてついでに僕の味覚をも評価して下されば幸いです…って何か、墓穴を掘っているみたいでちょっと恐いんですけどね(苦笑)。でも、僕としては少なくとも美味いと思った!個人がどう思おうと人の勝手だもん(逃)!

追記)さっきまで日記を書いていて気が付かなかったんですけれども、僕が高校2年生(10年前)から始めた、このホームページ作りに於いて、今日、一日あたりの最高訪問者数を更新してました。一日あたりのアクセス数が2000を超えたのは今日が初です!嬉しい反面で「こんな稚拙なものがこれだけの方々に見られるなんてちょっと恐い…」とも感じていますが、それでこそ作り甲斐があるってもんですね(^_^)V。今後ともzusu.netをどうぞご贔屓にm(__)m

2007年7月1日(日)
松本市内観光。

さて、昨日から長野県は松本市に来ている僕ですが、昨晩は、諸般の事情により(笑)殆ど眠れませんでした。でも元気に散策致しました。城下町ということで道も狭いし、遠見遮断は残っているわで超人的なドライビングアビリティを持つ彼女の運転では、とても疲れました(笑)が、面白かったです。

そして目に付いたのが街が綺麗なこと。中心街の道路は電柱のキャブ化が進んでいて、カラータイルが敷き詰められている綺麗な道路も沢山ありました。

そして、人口22万の地方都市とはとても思えないほどに、街も大きかったこと(人口34万人の我が街と同じくらいに市街地がでかい。本当に人口22万なのか?彼女と僕が出した結論は、更に数万人が地下シェルターに住んでいて、役所系の事務…住民票やら登記やらをせずにお隠れになっているということになりました・笑)。

とにもかくにも、この松本という街を巡っていると、大した観光資源もない街に住んでいる僕にとっては、この街はとってもうらやましい存在に感じました。もう四方八方観光地なんだもん。

まずは市街地。これ自体が観光地。先ほども申し上げましたが、城下町ですからね。風情があります。そして上高地はあるは野麦峠もあれば美ヶ原もあれば、ちょっと足をのばせば、安曇野に大町、そして白馬。南に行けば諏訪湖に諏訪大社に霧ヶ峰。

いやはや、参りました。降参。もう本当に観光地だらけ。観光地。観光地。四方八方観光地。まだまだ観光地。限界まで観光地。とにもかくにも観光地。森羅万象観光地。まだ書き足りないぞ観光地。って感じでせうかねぇ。これに海もあったら最強だな(笑)。

とにもかくにも彼女と楽しみまくって、帰路へと着きましたが…この先、とんでもないトラブルが待っていることに僕は当然気づかなかった…。